
三位 フィクションであればどんなにいいことか史上最大薬害事件
二位 あんなにも警鐘乱打したけれどマイフィクションはただの現実
一位 メリットはただのフィクションデメリットこそが現実めでたい世界
謝罪せずとも済む世界。道理で世界有数、否、世界一のダマサレ天国である。悲惨なのはとどのつまりダマサレ天国による膨大な数の被害者地獄となることである。強者であれば裁くのは難しい。いつも言う通り己の良心には期待出来ない。元来、真善美に興味もなく多少何か感じるものがあったとしても勝手に相対化し矮小化してしまう。都合の良いものが善、不都合は悪である。儲かれば正義、損害は邪悪である。何処まで行っても手の施しようのない筋金入りの堕落である。真善美に興味がないのだから論理も科学もホントウはどうとも思ってはいない。利用価値次第で選択されたものが持ち上げられるだけである。科学的と唱える者の科学とは現代用にカスタマイズされたひとつの方便である。そして決して無宗教ではなく無自覚な自己利益真理教である。コレらが蔓延ると短期的には利得をもたらしても長期的に繁栄するのは到底叶わない滅びの文化文明へと変質する。コレを私は自然に反することで起きる天罰と考える。
本日のベターツイートは、掛谷英紀氏のもの。以下引用開始。
米国のニュースを見ていないと、こういう歪んだ認知になる。米国家情報長官の公開文書や、CIA現役職員の米上院公聴会証言をご存じないようです。ファウチは自分に都合の悪い政府文書の破棄を指示し、CIAに圧力をかけて新型コロナ研究所起源の報告書公開を妨害した。それだけで十分重罪です。
2024年の米下院公聴会で、ファウチは米情報機関に圧力はかけていないと証言しました。つまり、彼は偽証罪を犯したことになります。ただ、彼は恩赦されているのでそれを罪に問うのは難しい。それでも、今月末の公聴会で再び偽証すれば、それは恩赦の対象外なので、偽証罪に問われることになります。
ファウチは難しい選択を迫られます。自らの名誉を守るためにウソをつき通せば、今度こそ罪に問われる可能性がある。刑罰を逃れるために本当のことを話せば、彼の今までの作り話は全て崩壊し、自身の評価は地に落ちる。ファウチはどちらの道を選ぶでしょうか。要注目です。
以上引用終わり。
次は、Dr.Fager氏のもの。以下引用開始。
コンテンツビジネスにおいて、最も付加価値が高く、覇権を握れるのはコンテンツを作る労働者ではなく、コンテンツが流通するプラットフォームを支配する者だ。ここを握られた時点で、日本側はいくら汗を流して素晴らしいアニメを作っても、その果実の大部分を吸い上げられ、生殺与奪の権利を外資に委ねる小作人へと転落することになる。
かつて配信プラットフォームの主導権をCrunchyroll(クランチロール)やNetflixに握られ、それを後からソニーが巨額の資金(約1,300億円)で買い戻すという授業料を払ったにもかかわらず、なぜ日本は再びB2Bの権利流通レイヤーを米国発のAniBizに明け渡してしまうのか。その背景には、日本のコンテンツ産業にこびりついた根深い構造的欠陥と、市場に対する思考停止がある。
日本のアニメ産業は、現場のクリエイターや個々の製作委員会といったもの作りの職人の集合体としては世界最高峰だ。しかし、国際的な市場を設計・支配する仕組みの構築に対して極めて消極的だ。
クランチロールの創業者であるクン・ガオ氏らが仕掛けるAniBizの狙いは、これまで属人化していた日本のガラパゴスな交渉文化を標準化・デジタル化し、世界中のバイヤーがワンストップでアクセスできるアニメ流通の基本OSになることだ。
東映、アニプレックス、東宝といった主要プレイヤーが軒並みこれに初期参加したのは、自分たちで世界基準のインフラを作るコストとリスクを背負いたくないから、用意された便利な道具に乗り込もうとする安直な姿そのものだ。これは、防衛省が自前でシステムを作らずにパランティアを導入する構図、あるいは大学が基礎研究を削って目先の成果を追う「選択と集中」のロジックと相似形だ。
なぜ日本は最初からグローバルな市場のプラットフォームをとることを諦めてしまうのか。
世界基準のB2Bプラットフォームを構築・維持するには、巨額のIT投資、数年間赤字を続けるリスク耐性、そして世界中の法規制や商習慣に対応するタフなリーガル・ガバナンス能力が必要だ。平成以降の日本企業や官民ファンドは、こうした不確実だが勝てば総取りできる賭けに資金を投じる度量を失っている。
日本のコンテンツホルダーは、国内市場だけでとりあえずビジネスが回るため、海外は誰かが高く買ってくれればそれでいいという、時代遅れな商売人感覚から抜け出せていない。彼らにとって海外は自分たちが打って出る市場ではなく、外資が買い付けに来てくれる場所なのだ。
市場の流通レイヤーを外資に握られるということは、単にプラットフォーム利用料を抜かれるという話にとどまらない。
世界中のアニメの権利情報、取引実績、バイヤーの需要動向、価格の相場といった最も価値のあるメタデータがすべて米国側のサーバーに蓄積され、ブラックボックス化されることを意味する。AniBizは、どのIPが世界で熱望されているか、どのジャンルが次に跳ねるかを日本企業よりも正確にデータとして把握できるようになる。
結果として、彼らが提示する条件に従わなければ、日本のIPは海外に流通すらできなくなる従属関係に縛られることになる。配信という出口を握られた過去に続き、今回は卸売り(B2B)という川上の入口まで外資のインフラに依存することになる。
いくらクールジャパン政策で予算をいくら増やしたかを政治家が誇り、企業に補助金をばら撒いたところで、そのコンテンツが流れるプラットフォームが外資のものなら、汗を流せば流すほど海外のシステムが肥大化するだけだ。
ものづくりの優秀さに自惚れ、その価値を流通させる空間の支配を他人に委ねる姿勢は、まさに主権の自覚なき国家の縮図だ。
概ね首肯する。指摘の通り、1990年以前の護送船団システムに戻れることはない。
伝えたいことはひとつ。
前線が崩壊し、指揮統制が麻痺したまま退却している軍隊に対して、上層部が精神論で反撃せよと命じたところで、反撃どころか各個撃破の加速に繋がり、完全な瓦解を招くだけだ。
反撃に転じるためには、まず出血を止め、踏みとどまる一線を画定し、そこに強固な陣地を構築して戦線を安定させるというフェーズが不可欠だ。これを現在の日本経済や科学技術、安全保障の文脈にスライドさせれば、この国が反撃(再生)できない理由が明確になる。
現在の日本は、まさに後退を止める拠点(セーフティネットや基盤)を自ら破壊しながら、空中分解しそうな軍隊に向かって上から「反撃能力を持て」「卓越した研究をしろ」と叫んでいる発狂状態にある。
軍事における後退の停止とは、敗残兵をかき集め、弾薬を補給し、陣地を掘って敵の進撃を食い止める防衛線を敷くことだ。これを国の政策に置き換えるなら、国民生活の底割れを防ぎ、社会の基礎体力を維持するための強固な防衛線を張ることに他ならない。
まず後退を止めなければ、反撃のエネルギー(投資や消費、破壊的イノベーション)など生まれるはずがない。
だが今の指導層(アベノミクス以来の極右政権)にとって、強固な拠点を作って現場が自立・安定してしまうことは都合が悪い。
現場の大学や企業、国民が独自の安定した拠点(資金・身分・内需)を持ってしまうと、言う通りにしなければ予算を切るぞという上からの脅しが効かなくなる。
彼らは、現場を常に兵糧攻めの恐怖に晒し、後退し続け、すがるような思いで上から降ってくる小銭(補助金やプロジェクト予算)に飛びつかざるを得ない状態に留めておきたい。だからこそ、後退を止めるための陣地構築(基盤的経費の復活や分配構造の変革)を執拗に拒絶する。
「反撃するには、まず後退を止めて拠点をつくらねばならない」
この当たり前の真理を無視し、お布施がきかないと、さらにお布施を積むことが称賛される現状は、霊感商法に騙されたカルト信者の狂気そのものだ。
必要なことは、華々しい「反撃のポーズ」を競うことではなく、これ以上の敗走(国民の困窮と技術の途絶)を止めるための防衛線の敷設である。
そこを確保することこそが真の主権の自覚への第一歩だ。
以上引用終わり。
最後は、Alzhacker(並行図書館)氏のもの。以下引用開始。
トランプ氏が宣言した肥料危機、その本当の理由
米国大統領が「国家肥料緊急事態」を宣言した。リン酸肥料のコストを約22%削減し、10万の農場と9700万エーカー(約39万平方キロメートル)の農地を救う一手とされる。しかし、この緊急宣言は決定的な問題を解決しない。硫黄の不足だ。
リン酸肥料の製造には、原料として大量の硫黄と硫酸が必要になる。その硫黄の主要な供給源であるペルシャ湾岸からの輸出が、ホルムズ海峡の封鎖によって滞っているのだ。
国内のリン酸肥料大手モザイク社も、この点を厳しく批判している。真のボトルネックは、もはや価格ではなく、硫黄の物理的な供給不足にあると。つまり、大統領令によっていくら国内生産を促しても、原料がなければ肥料は作れない。モロッコからリン鉱石を輸入するにしても、それを運ぶ船舶の燃料や、肥料化するための硫黄は結局、同じ海峡の向こう側にある。
この問題の本質は、食料危機がもはや「将来のリスク」ではなく「既に確定した未来」だという点にある。2026年の秋、そして2027年春の作付けに必要な肥料は、このままでは確保できない。食料価格の高騰と品不足は、今後数カ月ではまだ序章に過ぎず、2027年に本格化する構造だ。
ところが政府の消費者物価指数は、食品と燃料の価格を計算から除外している。数字の上ではインフレが落ち着いているように見せながら、実際の生活費は静かに、しかし確実に上昇しているのが現状だ。
この状況への備えとして、個人ができることは明確だ。まず、2026年のうちに長期保存可能な食料を購入しておくこと。次に、2027年春の作付けに備え、灌漑設備の計画を今から始めること。配管資材でさえ、ペルシャ湾岸産のポリエチレンに依存しており、将来的な調達は難しくなる。
緊急宣言は問題の存在を認めさせた点では一歩前進だが、物理的な欠乏を埋めるものではない。肥料は紙幣のように印刷できない。食料安全保障の要は、もはや国家の政策よりも、個人の先見性と行動に移りつつある。
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Mike Adams(Health Ranger、Natural News創設者)
『Mike Adams 5:00』(2026年7月4日配信のポッドキャストより)
brighteon.com/50314608-416e-…
先日、ある男がSNSでこう投稿した。「来週、Tdapと帯状疱疹のワクチンを接種する」。発信者はブライアン・ジョンソン。年間200万ドルを投じ、自らの肉体を徹底管理する長寿研究の第一人者だ。彼が体内に入れるものには常に細心の注意を払ってきた。それだけに、今回の決断は看過できない。データは、彼が信じるワクチンの“効能”が根底から覆されるべきものだと警告している。
まず、Tdapワクチンだ。彼は「人間の盾」仮説に基づき、自分が免疫を得ることで周囲への感染を防げると考えた。しかし、これは重大な誤解である。査読論文「粘膜免疫、鼻咽頭保菌、無症候性伝播と百日咳の再興」が示すのは、ワクチンが百日咳菌の保菌を抑えず、むしろ無症候性キャリアを生み出すリスクだ。感染に気づかない保菌者が自由に動き回れば、アウトブレイクは悪化する。Tdapによる集団防御は科学的根拠が薄弱なのだ。
それだけではない。同論文は、Tdap接種が将来の感染感受性を高める「プライミング効果」をもたらし、「この生涯感受性の増大を容易に低減する方法はない」とまで指摘する。彼は自らの免疫に長期的な弱点を埋め込んだのである。盾を構えたつもりが、自ら弱点を作り出していた。
次に帯状疱疹ワクチンだ。彼はこれが寿命を延ばすと信じ、観察研究で全死亡率を40%も低下させた数字に魅了されたのだろう。
だが私は以前、まったく同じ構図を目の当たりにしている。フランスの研究が「新型コロナワクチンで非コロナ死が25%減少した」と主張した際、私はそれを「健康な接種者バイアス」による錯覚だと断じた。健康意識の高い人ほどワクチンを打つため、見かけ上の死亡率低下が生じるのだ。
この錯覚を暴く決定的な証拠が、世界で唯一一般公開されている個人レベルのデータセット、チェコ共和国の記録にある。60歳未満の全人口を対象に、週ごとの非コロナ死を示す緑の線を追跡した。ワクチン接種が本格化した2021年初頭、本来なら下降すべきその線は、急上昇し、そのまま高止まりした。傾きは、期待とは正反対の方向へ動いたのだ。
私はこのグラフを長く手元に置いてきたが、今回初めて公にする。一枚の図が、数十の観察研究よりも雄弁に真実を語ることもある。
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Steve Kirsch
記事『Why I think that longevity researcher Bryan Johnson just made a major mistake』(なぜ長寿研究者ブライアン・ジョンソンは重大な過ちを犯したと思うのか)
kirschsubstack.com/p/why-i-think-…
いまアメリカでは、成人男性の3人に1人が労働市場から完全に姿を消している。女性の専門職や55歳以上の労働参加率は、1980年代と同水準にまで落ち込んだ。ロックダウンの爪痕や高齢化だけでは説明できない。私がこの数字の裏に見るのは、半世紀にわたって静かに進行してきた「生物学的植民地主義」の最終局面だ。
生物学的植民地主義。これは私が名付けた、現代の支配構造を言い表す言葉だ。かつて支配層は、工場労働で我々の肉体を搾取して富を得ていた。だがもはや、製造業の仕事はNAFTAとWTOによって国外へ消えた。代わりに彼らが選んだのが、製薬産業を通じて国民の健康そのものを収奪するモデルである。
その起点は1986年、国家ワクチン傷害補償法にある。製薬会社に免責が与えられたことで、小児期に打たれるワクチンの数は8本から72本へと爆発的に増えた。結果として生まれた「1986年世代」は、3%に達する自閉症率をはじめ障害を抱え、成人しても労働市場に一度も参加できない人々を大量に生み出した。健康被害が労働力人口を直接削っているのだ。
さらに2020年からのCOVID-19対応は、この搾取構造を加速させた。ロックダウンで企業を潰し、政府が給付金をばら撒くことで勤労意欲を粉砕しただけでなく、世界中に強制接種されたmRNAワクチンが心筋炎や急発症のがん、認知症を引き起こしている。製薬産業にとっては、これもまた巨大な収益源である。人間は病めば病むほど、医療保険という「中抜き」の仕組みにカネを吸い上げられる。保険中間業者は総医療費の15%を手数料として抜く。つまり彼らは、国民が病気になればなるほど儲かるのだ。
ここまで聞くと、陰謀論に聞こえるかもしれない。しかし、もっと不可解な事実がある。それはアメリカのCIA職員までもが、このワクチン義務化に抵抗し、調査対象とされたという現実だ。通常、CIAは権力の中枢と見なされる。だが彼らは、製薬会社の意向に逆らえなかった。要するに、真の権力は諜報機関ですら制御できない場所にある。これこそが、いわゆる「認識の支配」だ。医学界、学界、規制当局、メディアはすべて製薬マネーに買収され、都合の悪い科学論文は発表後に抹消される。反対する者は「国外追放」ならぬ「学界追放」に遭う。
冷戦時代、私たちはソ連のルイセンコ学説を笑ったものだ。政治イデオロギーが科学をねじ曲げた愚行だと。だが現代アメリカは、企業の利益のためにワクチン有害性のデータを握りつぶす、より洗練された形の「ルイセンコ主義」に陥っている。
もはや選挙で何かを変えられるという期待は、幻想に過ぎないのかもしれない。政権が代わっても、行政は次々と農薬を承認し、mRNAワクチンは市場に残り続ける。共和国を救うはずの政治回路そのものが、寄生システムの内部に取り込まれてしまった。私たちに残された道は、この崩壊していく船から静かに降りることなのだろうか。
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Toby Rogers(政治経済学博士、Brownstone Instituteフェロー)、Jeffrey Tucker(Brownstone Institute創設者)
対談『The Brownstone Show, Ep 26: Labor Collapse, Vaccine Harms & Biological Colonialism』
substack.brownstone.org/p/labor-collap…
私が医療の世界で最も背筋が凍った話の一つは、安全を訴える内部告発者のパソコンに、規制当局が密かにスパイウェアを仕掛けていた事実だ。これが、私たちが「科学」と呼ぶ公正なシステムの裏側で、半世紀かけて築き上げられた腐敗の日常風景である。
この巨大な癒着構造を理解する鍵は、新薬の承認に必須とされる大規模臨床試験にある。
これらは一社あたり数十億円もの資金を要するため、莫大な開発費を回収する必要がある製薬企業以外、実質的に試験を実施できない。結果として「科学」は、高額な参加料を払った者に有利な裁定を下す、完全な「pay-to-play」の仕組みへと変質した。
ここまでは想像に難くないかもしれない。しかし、私が本当に深刻だと感じるのは、この不正を見張るべき規制当局そのものが、財政的にも人的にも「業界の捕虜」と化している点だ。
例えば米食品医薬品局(FDA)では、医薬品審査部門の予算の実に77%を、審査を受ける側の企業が支払う手数料が占めている。人の面では、直近10人のFDA長官のうち9人が退任後に製薬企業の役員に就任し、内部で安全性の懸念を表明した審査官の57%が、退職後に規制対象だった企業へと流れている。声を上げた者は、キャリアの死を意味するのだ。
だが、こうしたあからさまな「回転ドア」以上に、システムを鉄壁にしている巧妙な抜け道が存在する。私はそれを「財団」という名の資金洗浄装置と呼んでいる。
米疾病対策センター(CDC)財団は、設立以来、製薬企業や飲料メーカーから1000億円近い「寄付」を集め、情報公開の及ばない闇の中で、公衆衛生のガイドラインを寄付者の商品に有利なように書き換えてきたのだ。
コカ・コーラが砂糖税に反対するロビー活動の助言をCDC職員から受け、タミフルを売るロシュ社がインフルエンザ治療薬の推奨キャンペーンに資金を提供する。これはもはや、規制でも監視でもなく、利益の分かち合いである。
この構造の頂点に立つのが、世界最大の研究資金配分機関である米国立衛生研究所(NIH)と、ビル・ゲイツ財団との異様な一体化だ。
内部告発が明かした内部文書によれば、ゲイツ氏は20年以上にわたり数百億円を投じてNIHの研究計画と自身の財団を事実上統合。今や両者で世界の保健研究資金の57%を掌握するに至り、それに逆らう科学者は研究費を絶たれ、学界から抹殺される。私が見てきた中で最も恐ろしい権力の集中である。
あなたがまだ「それは対岸の火事だ」と思うなら、この構造が最も無慈悲に機能したコロナ禍を思い出してほしい。
パンデミックが起きる何年も前から、ゲイツ財団や世界経済フォーラムは「次のパンデミック」を想定したシミュレーションを繰り返していた。そして、その机上演習で用意された脚本は「ロックダウン」と「迅速なワクチン開発」以外の選択肢を完璧に排除していたのだ。安価で再利用可能な治療薬や、空気感染を物理的に防ぐ技術は、利益を生まないがゆえに、研究段階で黙殺された。
私はこの現実を前に、希望を見出すのが難しい時期もあった。しかし今は、少し違う見方をしている。この巨大な「潰せない巨像」の不気味な設計図を、これほど多くの市民が理解し始めた時代は歴史上存在しなかった。
権威への盲目的な信頼が剥がれ落ちた今こそ、私たちは巨像に依存しない、自分自身の身体と対話するための並行システムを、草の根で静かに育てる時を迎えているのだ。
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A Midwestern Doctor(中西部の医師)
記事『How Medicine Became “Too Big to Fail”: Dissecting the Anatomy of Corruption that Took Over the Federal Health Agencies and Our Economy』(医療はいかにして「潰せない巨像」となったか:連邦保健機関と経済を蝕んだ腐敗の解剖)
midwesterndoctor.com/p/how-medicine…
私は三十年余り、気候科学の最前線に立ってきた。気候モデルを開発し、IPCCの評価プロセスに関わり、そして民間企業で現実の気候リスクと向き合ってきた。その経験から断言できる——「気候変動に関する科学は決着した」という主張は、科学的根拠に基づかない政治的スローガンにすぎない。むしろ、 その嘘こそが私たちを最も危険な過信へと導いている。
2013年、オバマ大統領は「97%の科学者が気候変動は人為的で危険だと同意している」とツイートした。この数字は広く引用され、議論を終わらせる決定的な武器として機能した。だがこの97%という数字は、そもそも何を測ったものなのか。
この論文は、約1万2000本の気候関連論文の要旨を分析し、その97.1%が人為的温暖化を「支持」または「前提」としていたと報告した。しかし「前提」と「支持」は全く異なる。そして何より、この分析は気候感応度——つまり二酸化炭素が実際にどれだけ気温を上げるか——についての合意を何も示していない。
それにもかかわらず、政治的主張は「危険な気候変動」という価値判断までコンセンサスに含めて拡張された。
IPCCは過去30年にわたり、「科学者たちのコンセンサス」ではなく「政治的に製造されたコンセンサス」を構築してきた。合意形成のプロセスは、不確実性や異論を排除し、一枚岩のメッセージを作り上げることに焦点を当てている。
科学は本来、異なる仮説をぶつけ合い、不確実性を徹底的に吟味することで前に進む。だが気候科学では、異議を唱える者は「否定主義者」というレッテルで封殺され、コンセンサスへの同調が研究資金や論文掲載の条件になった。
ここで問題の本質が反転する。私たちが「科学の決着」と呼んでいるものは、実際には科学の終焉だったのだ。コンセンサスが確立されたと宣言された瞬間から、新たな疑問を投げかけ、仮説を検証するという科学の営みそのものが停止した。
その結果、私たちは気候変動の最も重要な側面——気候感応度の真の幅や自然変動の役割、地域ごとの影響の差異——について、依然として深い無知のまま放置されている。
もう一つの深刻な誤解は、全球気候モデル(GCM)の予測能力に対する過信にある。これらのモデルは政策決定の根幹を支えるツールとして位置づけられている。しかし私は、それらが「適合目的外」であると断言する。
気候モデルは雲の挙動や海洋循環など、数多くの未知のプロセスを単純化した式で代用している。そのうえ、観測データに合わせてパラメータを調整する「チューニング」が日常的に行われており、過去の気温を再現できることは将来予測の正確性を保証しない。
何より深刻なのは、IPCCが利用する排出シナリオの非現実性だ。特にRCP8.5——「ビジネス・アズ・ユージュアル」として広く使われてきた最悪シナリオ——は、2100年までに現在の6.5倍の石炭消費を前提とする。
国際エネルギー機関(IEA)の現実的なシナリオと比較すると、RCP8.5は2050年時点で2倍以上の排出量を想定しており、エネルギー専門家の間では実現確率が5%未満と評価されている。それにもかかわらず、この非現実的なシナリオが数千もの影響評価研究の基盤となり、「5℃温暖化」という終末論的な恐怖を増幅してきた。
予防原則はしばしば気候政策の正当化に用いられる。「重大で不可逆的な被害の恐れがある場合、完全な科学的確実性がなくとも行動すべきだ」という論法である。
だが私はこの原則が意図せぬ害を生む危険性を身をもって見てきた。COVID-19パンデミックにおけるロックダウン政策はその好例だ。不確実性の高い初期段階で予防原則が発動され、社会全体が封鎖された。
しかしその後、ウイルスの特性や感染経路に関する知識が急速に蓄積されるにつれ、ロックダウンの長期化が引き起こす経済的・社会的・精神的被害は、むしろ予防すべき害を上回った。
気候変動政策でも同じ過ちを繰り返そうとしている。CO2排出削減に固執するあまり、エネルギー貧困や途上国の開発遅延といった、より確実で現在進行形の害悪を看過してしまう危険性がある。
アフリカが自国の天然ガス資源を開発して経済発展を遂げようとする試みは、国際的な脱炭素圧力によって阻まれている。サハラ以南アフリカの10億人が消費する電力は、670万人の英国と同程度だ。
たとえこの地域のエネルギー消費と排出量が3倍に増えても、世界全体のCO2排出量に占める割合は0.6%にすぎない。それでも私たちは、アフリカに「エネルギー・アパルトヘイト」を強いている。
ここで私たちは決定的な問いに直面する——本当に気候変動だけが「最大の脅威」なのか。世界の指導者たちはそう宣言するが、そのレトリックは食料安全保障やエネルギーアクセス、極度の貧困といった、より差し迫った課題を覆い隠している。気候変動を唯一絶対の危機として位置づけることは、それ自体が新たな危機を生み出す構造になっている。
予防すべきは温暖化だけではない——予防原則の誤用による人為的被害もまた、私たちが真剣に向き合うべき危機なのである。
不確実性は脅威ではない。それは可能性の源であり、想像力の余地である。私たちは終末論的恐怖に駆られて「制御」を求める幻想を手放し、不確実性の中で柔軟に適応する知恵を取り戻すべきだ。
気候変動を「解決すべき問題」から「継続的に向き合う課題」へと位置づけ直すとき、私たちはようやく人間の福祉と繁栄を中心に据えた、真に実践的な道筋を描けるようになる。
未来は予測するものではなく、発明するものだ——そしてその発明には、科学者だけでなく、農民や技術者、地域コミュニティ、そして私たち一人ひとりの参加が不可欠なのである。
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書籍:『Climate Uncertainty and Risk: Rethinking Our Response』(『気候の不確実性とリスク——対応の再考』)2023年
著者:Judith A. Curry(ジュディス・A・カリー、気候科学者、Climate Forecast Applications Network社長)
水道水の“ある元素”が、社会の平和度を決める
あなたが今、蛇口をひねって飲むその水に、実はアルツハイマー病や殺人率のリスクを左右する元素が含まれている。そう聞くと眉を疑うかもしれないが、これは世界中の研究で確認されている事実だ。
その元素の名は「リチウム」。
そしてこのリチウムが、私たちの社会から静かに消えつつあることが、現在の慢性疾患の爆発的増加と深く関わっている。
リチウムは、私たちの脳の奥深く、記憶を司る「海馬」という器官に働きかける。
ここでは、生涯を通じて新しい神経細胞が日々生み出されている。この新しい細胞こそが、私たちの好奇心、困難に立ち向かう心の回復力、そして他人の立場で物事を考える「理性的な思いやり」の源泉だ。
しかし、もしこの神経新生が止まれば、私たちは新しい考えを受け入れられなくなり、うつ病や不安症を経て、最終的にはアルツハイマー病へと至る。私はこれを「精神免疫系の不全」と呼んでいる。
この海馬の神経新生を支える“肥料”の一つが、微量元素のリチウムなのだ。1日にわずか1ミリグラム、それはスマートフォンのバッテリーに使われる量とほぼ同じである。
水道水にリチウムがわずかでも多く含まれる地域では、住民の自殺率、殺人率、アルツハイマー病による入院率が顕著に低い。これはもはや仮説ではなく、数十年前から積み重ねられてきた疫学的事実である。
COVID-19が猛威を振るっていた2020年8月、重度の患者にリチウムを投与すると、免疫の過剰反応「サイトカインストーム」が劇的に収まり、死亡を防げたというランダム化比較試験の結果が発表された。
ビタミンDの投与で集中治療室行きのリスクが25分の1に激減したという研究も、同年9月には公になっている。つまり、mRNAワクチン接種プログラムが本格化する前から、安価で安全な治療法のエビデンスは出揃っていたのだ。
しかし、こうした事実は封殺された。リチウムは「危険な元素」というイメージが先行し、ヨーロッパでは今もサプリメントとしての使用が禁止されている。ここに、巧妙に作られた「恐怖」の構造がある。
リチウムが危険視されるようになった直接の原因は1949年に遡る。心臓病患者に減塩食を与える際、味付けとして食塩の代わりに大量の「塩化リチウム」を混ぜた医師たちがいた。必須量の1000倍ものリチウムを投与された患者たちは中毒死した。FDAはこれを根拠に、リチウムをサプリメントとして販売することを禁じた。
この事件の本当の恐ろしさは、その後の製薬産業の振る舞いにある。もし人々が1日1ミリグラムのリチウムを摂取し、慢性炎症から自らを守ることができたら、抗うつ剤も、アルツハイマー病治療薬も、巨大な市場は根底から崩れ去る。
彼らが売りたいのは、リチウムの代わりになる高価な模倣薬なのだ。私たちの「欠乏」は、彼らにとって最大のビジネスチャンスなのである。リチウムが「毒」であるという誤った常識は、この経済構造によって強化され、維持されてきた。
私たちの身体は、生命誕生以来の防御システムとして、細胞の老廃物を掃除する「オートファジー」という仕組みを備えている。リチウムはこのオートファジーを作動させる、いわば「掃除の鍵」だ。
必要なリチウムが慢性的に不足すれば、脳の細胞はゴミ屋敷と化し、やがて機能を停止する。これは「欠乏」によって発症するあらゆる慢性疾患の基本構造であり、これを無視した医療は対症療法以上のものにはなりえない。
あなたの不調は、あなたの遺伝子のせいでも、ましてや「老い」という自然現象のせいでもない。ただ、体が必要とする元素が、現代の食生活から消え去った結果に過ぎない可能性がある。
私はこの「リチウム欠乏症」を、現代社会を覆う精神免疫不全症候群と呼んでいる。私たちがこれを「欠乏」の問題として捉え直さない限り、医療は症状を抑え込むだけの対症療法から永遠に抜け出せない。
—
Michael Nehls(医師、分子遺伝学者)
『The Tucker Carlson Show』(タッカー・カールソン・ショー)
備蓄枯渇まで数日 米が隠す石油危機の正体
米国の戦略石油備蓄から、ディーゼルや航空燃料の原料となる油が、早ければ来週にも枯渇する。トランプ大統領がイランとの「屈辱的な覚書」に署名した真の理由は、この差し迫った危機にあった。元CIA情報分析官として、私はその内幕を追ってきた。
事の発端は2月28日、ペルシャ湾での戦闘開始によって重質原油の供給が断たれたことだ。トランプは後に「あと4週間分の石油しかなかった」と語ったが、彼が言及したのは、ありふれた石油全般ではない。高硫黄油、いわゆる「サワー原油」である。
ここに、市場も専門家の多くも見落としてきた核心がある。問題は石油不足一般ではなく、ディーゼルと航空燃料の原料不足なのだ。米国の製油所の大半は、この重質油を処理するために設計されており、軽質のシェールオイルで代用できない。ちょうど、コーヒーメーカーが違えば淹れ方も異なるように、製油所は重質油向けに最適化されている。戦闘が始まって約40日後、最後のタンカーが目的地に着くと、世界からは航空・輸送用の燃料供給能力が実に20%も消失した。
米国はその穴を埋めるため、戦略石油備蓄を1日あたり140万バレルずつ取り崩し始めた。当時の試算では、この取り崩しは120日間しか持たない。その期限が、来たる7月11日に迫っている。つまり、備蓄に頼った「見せかけの正常化」は、あと数日で終わる。
私たちはここで、よく使われる「石油不足」という言葉の定義を問い直さねばならない。問題は、軽質油を含めた原油全体の総量ではない。輸送と軍事行動の両方を支える「中間留分」と呼ばれる重質油の欠乏が、いま世界経済の足をすくおうとしている。しかも市場は、この違いをまだ価格に織り込んでいない。
その危機感こそが、イランとの覚書を急がせた。ところが、署名後に明らかになったのは、米国が条項の文言すら守る気がないという現実だ。例えば覚書の第5項は、ホルムズ海峡の安全な通航について「イラン・イスラム共和国のみが取り決めを行う」と明記している。米国の役割は一切書かれていない。それにもかかわらず、イランが通航許可の手続きを求めた船を止めると、米軍はそれを口実に攻撃を加えた。これは明白な違反だった。
だが、もっと静かで決定的な変化が起きている。米軍はすでに手を引いているのだ。英国に展開していたB-52爆撃機や、ヨルダンに駐機していたF-15戦闘機は撤収した。24時間態勢で中東を監視していた緊急対応チーム(CAT)も、いまや月曜から金曜の平日勤務に縮小された。バーレーンの第5艦隊司令部は機能を失い、カタールの巨大レーダー基地も閉鎖された。空母「ボクサー」の到着を今になって大々的に報じる広報作戦は、むしろ撤退の事実を覆い隠す煙幕にしか見えない。
イランは覚書に基づき、現在も日量160万バレルの石油を、しかもプレミアム価格でアジア向けに売り続けている。米国に届く油は、ごくわずかだ。仮にいまタンカーが出航しても、到着までには42日かかる。備蓄の枯渇に間に合わない。
結局のところ、この覚書は停戦協定などではなく、燃料切れを先延ばしにするための降伏文書だった。戦場も製油所も、勝敗を決するのは結局、重質原油が握っている。来週、戦略備蓄が底をついたとき、その事実は誰の目にも明らかになるだろう。
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Larry Johnson(元CIA情報分析官、元米国務省対テロ対策室)、Glenn Diesen(司会)
対談 “Larry Johnson: Bait & Switch - U.S. Efforts to Renegotiate the MoU with Iran”(『ラリー・ジョンソン:おとり商法──米国によるイランとの覚書再交渉の試み』)
許しを乞う前に、なぜ謝罪しないのか
パンデミックのさなか、誰もが一度は間違えた。元ドイツ保健大臣イェンス・シュパーンは著書でそう述べ、国民に「多くを許し合おう」と呼びかける。一見すると寛容で大人の態度だ。しかし、その言葉を額面通りに受け取っていいのだろうか。
シュパーンが言う「誰もが間違えた」には、決定的なごまかしがある。食卓で家族と交わした素人判断と、国家の最高責任者として下した決断を、同じ「失敗」の名でくくることはできない。後者は、学校閉鎖によって子どもたちから教育の機会を奪い、ロックダウンによって経営者の人生設計を破壊し、そして何より、mRNAワクチンを推進しながら、その後に生じた健康被害をいまだに正面から認めていない。素人と為政者の過ちの間には、重みにおいて天地の差がある。
この本の核心は「私たちは多くを許し合わなければならない」という一節だ。シュパーンはこれを自身の政治人生を象徴するフレーズとして誇る。ところが、ここにはキリスト教的な悔い改めの順序が完全に欠落している。彼はカトリック信徒を自認する。ならば知っているはずだ。許しを乞う前に、まず自らの罪を認め、償いの実を結べ、と。しかし本書で彼が求めるのは、自らの過ちの清算ではなく、社会全体による「水に流す」ことだ。これでは順番が逆である。
しかも、彼が許しを求める相手は奇妙なほど限定されている。家族や子どもたちには「申し訳なかった」と述べる。だが、ワクチン被害者や、職を追われた未接種者への明確な謝罪は、ついぞ現れない。彼が本当に謝るべき相手こそ、最も深く傷つけられた人々であるはずだ。この沈黙こそ、彼の「反省」の正体を物語っている。
さらに彼は、自らを批判する人々を「コロナ否定論者」と呼び続ける。これでは自ら社会の分断を修復するどころか、火に油を注いでいるに等しい。真の和解を望むなら、まずは傷つけた相手をレッテル貼りするのをやめ、自らが招いた損害の全容を認めることから始めなければならない。
シュパーンはキリスト教の「七つの大罪」ならぬ「七つの忌むべきもの」――「高慢な目、偽りの舌、無実の血を流す手、悪だくみを耕す心、悪に向かって走る足、偽りの証言をする者、兄弟の間に争いをまく者」――をほぼ全て体現しているとすら言える。これは痛烈だが、あながち的はずれでもない。彼の政策がもたらした社会的亀裂と、いまだ続く被害者への冷淡な態度を見れば、むしろ過小評価ですらある。
私たちは「許す」ことを強制されてはならない。許しとは、加害者に与えられる恩恵ではなく、被害者が自らの傷と向き合った末に、自発的に選び取るものだ。シュパーンの本に必要なのは、詩的な自己弁護ではない。自らの政治的罪を認め、公の場から退く覚悟を伴った、具体的な償いの提示である。それがなければ、どんな美辞麗句も空虚に響くだけだ。
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DrBines(生物学者)
Jens Spahn『Wir werden uns viel verzeihen müssen』(『私たちは多くを許し合わなければならない』)
drbine.substack.com/p/jens-spahn-w…
私たちは、文明の終わりを想像するとき、株式市場の暴落や議会の機能不全を思い浮かべがちだ。だが現実はもっと即物的で、船が港に着かなくなることから、すべては静かに始まる。私がこの論文で明らかにしたかったのは、現代社会を支える骨格——港湾、鉄道、肥料、穀物のネットワーク——が、いかに驚くほど脆いかという事実である。
これらのインフラは、平時には空気のように見えない。
しかし戦争、制裁、干ばつ、あるいは海賊行為によってその流れが断たれた瞬間、私たちはそれが単なる「輸送手段」などではなく、文明の臓器そのものだったと思い知る。港は貿易施設ではなく、鉄道は単なる移動手段ではなく、肥料は単なる農業資材ではない。それらは世界が呼吸し、消化し、生き延びるための生理機能なのだ。
中でも穀物の役割は決定的だ。
穀物は単なる食料ではない。それは「貯蔵された政治的猶予期間」である。穀物備蓄が底をつくとき、人々はパンを求めて街頭に出る。逆に言えば、サイロに積まれた小麦は、政権にとっての時間を買う通貨でもある。肥料もまた、農業を超えた意味を持つ。それは「工業化された光合成」であり、人類が空気中の窒素をパンに変えるために編み出した、20世紀最大の錬金術だ。
こうした物流の要所が、いま多重のストレスに晒されている。
黒海の穀物回廊、紅海の航行安全、ホルムズ海峡のエネルギー輸送——これらは地図上の点ではなく、世界の血脈である。どこかひとつが詰まれば、価格高騰や供給途絶が国境を越えて伝播し、やがて食卓からパンが消える。そのとき人々が直面するのは、経済政策の失敗ではなく、物理的な「船が来ない」という現実だ。
ここで視点を一段、深い層へと移そう。
通説では、飢饉は干ばつや紛争といった例外的な「災害」によって起こるとされる。だが私が分析した70本の参照文献が示す構造は、むしろ正反対だ。飢饉の大半は、食料そのものの絶対的不足によってではなく、それを運ぶ鉄道、受け入れる港、支払う外貨、許可する輸出承認という、物流と制度の連鎖が壊れたときに発生している。飢饉とは、壊れたインフラが数か月の時間差を経て、人体に現れた生物学的な症状なのである。
この定義の転換は、私たちの政策的想像力を根底から揺さぶる。
パンがなければパン工場を建てればいい、という発想では追いつかない。食料安全保障の本質は、畑でも倉庫でもなく、むしろ港湾労働者のストライキを防ぎ、鉄道の運行を維持し、保険市場が戦争リスクを引き受け続けられる状態を保つことにある。それは農業政策というより、物流と金融と地政学の総合格闘技だ。
結局のところ、文明の安定とは、船が明日もいつも通り着くという、私たちが決して意識しない前提の上に立っている。その前提が音を立てて崩れたとき、私たちは初めて、自分たちが「市場経済」ではなく「物流有機体」の中に生きていたことを知る。
あなたの朝のパンが今日も届いたのは、世界の港と鉄路が、かろうじて機能し続けた一夜の結果にすぎないのだ。
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『Ports, Rail, Fertilizer, and Grain: The Fragile Skeleton of Global Civilization(港湾、鉄道、肥料、穀物——世界文明の脆い骨格)』(2026年)。
著者:Douglas C. Youvan(youvan.ai)。
researchgate.net/publication/40…
# エクササイズは“不自然”だった──人類進化が教える運動の新常識
ケニアの僻地ペムジャにトレッドミルを持ち込み、現地の女性たちに乗ってもらったときのことだ。彼女たちはぎこちなく、不安そうに歩き、どうしても自然な動きにはならなかった。 ハーバード大学の人類学者ダニエル・リーバーマンはそこで気づく。この機械の前で彼女たちが戸惑うのは当然だ。なぜなら、人類はエクササイズをするように進化してこなかったからだ。
現代人の多くは「運動しなければ」と思いながら、結局ソファに座り続ける。その自分を怠惰だと責める。だがリーバーマンは言う。その「怠けたい」という衝動こそ、何百万年もの進化が私たちに刻み込んできた、極めて合理的な適応戦略なのだと。
ハッザ族の狩猟採集民に心拍計をつけて計測すると、彼らの1日のうち激しい身体活動に当てる時間は平均わずか2時間14分だった。軽い活動を含めても3時間40分。これは現代の平均的なアメリカ人の約12倍の活動量だが、決して「超人的な労働」ではない。彼らは1日の大半をキャンプで座って過ごし、会話し、子どもを見守る。狩りや採集に出ても、その歩行距離は男性で1日7〜10マイル(約11〜16キロ)、女性で5マイル(約8キロ)程度だ。
この数字は私たちの想像を裏切る。狩猟採集民は「常に走り回っている」わけではない。必要な分だけ動き、それ以外はエネルギーを節約する。その戦略は生存と繁殖のために最も合理的だった。
では、なぜ私たちは運動しなければ健康を損なうのか。
ここでリーバーマンの議論は核心に入る。人類は約200万年前、気候変動によって森からサバンナへと進出せざるを得なくなった。そこで私たちの祖先は、類人猿よりもはるかに多くのエネルギーを消費する生存戦略──狩猟採集──を採った。1日に5〜10マイル歩き、時には獲物を追って長距離を走る。この戦略は巨大な脳を支え、繁殖成功率を高めた。だが代償もあった。エネルギー獲得に成功すればするほど、不必要な活動にカロリーを浪費することは禁忌となった。
つまり人類は「必要なときに精力的に動く」よう進化したが、「健康のために自発的に動く」ようには進化しなかった。エクササイズとは、この進化的な設計を無視した、きわめて現代的な発明品だ。
この認識はエクササイズに関する多くの神話を覆す。「座ることが新しい喫煙」という言説もその一つだ。
だがリーバーマンは、狩猟採集民も1日5〜10時間座っていると指摘する。問題は座ることそのものではなく、背もたれ付きの椅子に何時間も動かずに座り続け、その他の身体活動が極端に少ないことだ。彼らの「座り方」は地面の上でしゃがんだりひざまずいたりと、常に微細な筋肉活動を伴い、頻繁に姿勢を変える。現代人が背もたれに預かりながらテレビを見るのとは質が異なる。
ここで重要な転換が起きる。エクササイズが健康に良いのではなく、不活動が病気の原因なのだと見方を逆転させる必要がある。
私たちはエクササイズという「治療」を考える前に、「活動不足」という病態を理解すべきだ。慢性的な低度炎症は、過剰な脂肪細胞、血流中の糖質と脂質の上昇、そして何よりも筋肉の不活動によって引き起こされる。筋肉は単なる運動器官ではなく、炎症を抑えるサイトカインを分泌する内分泌器官でもある。動かさないということは、この抗炎症システムを働かせないことと同義だ。
リーバーマンはさらに「コストリー・リペア仮説」を提示する。身体活動は細胞に微細な損傷をもたらすが、その修復プロセスが結果的に全身のメンテナンスを促進する。運動直後の「アフターバーン」は単なるカロリー消費ではなく、損傷修復のためのエネルギー支出だ。つまり、適度なストレスが修復機構を活性化し、老化を遅らせる。
ではどうすればいいのか。リーバーマンの答えはシンプルだ。エクササイズを「楽しい」ものにし、「必要な」状況に組み込むこと。
スウェーデンの企業が導入した強制スポーツアワーでは、従業員の半数以上が「これが週に一度の運動の機会だ」と答え、離職率は低下した。強制はリベラルな価値観と衝突するが、自分自身へのコミットメントとしての「社会的拘束」──友人との約束、チームへの参加、課金型のペナルティ──は、人類が進化の過程で培ってきた協調性を活用した方法だ。
そして最も重要なのは、「最適な運動量」を探すのをやめることだ。リーバーマンは言う。「何もしないよりは少しでも。加齢に伴って継続することが何よりも大切だ」。
私たちが「運動しなければ」と思うたびに感じる後ろめたさは、進化的に言えば見当違いだ。むしろ、その気持ちは正常だ。問題は、正常な衝動に逆らう方法を、私たちがまだ社会としてうまく設計できていないことにある。
エクササイズは「不自然」だが健康的だ。そのパラドックスを受け入れ、自分を責めるのではなく、環境と習慣を変えることから始めるべきなのだ。
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書籍:『Exercised: The Science of Physical Activity, Rest and Health』(『エクササイズの科学:身体活動、休息、そして健康』)2020年
Daniel Lieberman(ハーバード大学人類進化生物学教授)
以上引用終わり。バチは当たるべくして当たる。どうも有り難うございました。
































